川島塾は宗教みたいじゃない?
年会費を払い続け年に何度も集まる外形は、宗教団体の集まりに似て見えます。2013年から参加している管理人が見た範囲では、教祖崇拝・献金の強制・脱会の妨害はありませんでした。
年会費を払い続け年に何度も集まり、懇親会で結束を確認する外形は、確かに宗教団体の集まりに似て見えます。ただし2013年から13年間参加してきた中で、教祖崇拝・献金の強制・脱会の妨害・外部との関係を断つ指示は見ていません。本人自身「全部信じる必要はなく自分で考えればいい」と明言しています。見たこと・見なかったことを分けて事実だけを書きます。
なぜ宗教っぽく見えるのか
年会費を払い続け、年に何度も同じ場所に集まり、主宰の話を聞き懇親会で結束を確認する。この外形が宗教団体の定期的な集まりに似て見えるのが理由です。
2013年から13年間、同じ顔ぶれと年に何度も会い続ける参加者の形は、外からは宗教的な集団に見えることがあります。会費を払って集まる形自体は、怪しく見える理由(怪しいページ参照)とも重なります。
管理人の一次体験
13年間、教祖崇拝・献金の強要・脱会の妨害を一度も経験していません。あったのは会費・実費と、自由意志での参加・離脱です。
2013年、京都の会場に初めてプラチナで参加しました。会場には1日で1億円稼いだという人、医師、元テレビ局アナウンサー、大阪の不動産オーナーがいました。払ったのは公式に明記された年会費と旅費だけで、それ以外の献金や上納金を求められたことは13年間で一度もありません。
13年間で見た範囲では、脱会を妨害された人も、離脱を理由に責められた人もいません。参加も離脱も、年会費を払う自由意志で成り立っています。
2013年に知り合った人との関係は13年経った今も続いています。「家族のような居場所」「学校みたい」という言葉は、その長く続く人間関係を指すもので、信仰の共同体という意味ではありません。
実際に見なかったこと
教祖崇拝、集団での儀式的な唱和、外部との関係を断つ指示、脱会の妨害。この4つは13年間で一度も見ていません。ただし「見ていない」は「絶対に無い」の証明ではありません。
川島和正本人は「いい意味でも悪い意味でも変わった人」「必要だと思えば言いにくいことも言うタイプ」と評されていて、無条件に崇拝される対象としては扱われていません。本人自身が自分の施策の失敗や結果を公式アメブロで発信していることもあり、無謬の存在として扱う雰囲気は管理人が見た範囲ではありませんでした。
参加は年会費を払う自由意志で成り立っていて、家族・仕事・他の交友関係を制限された経験は管理人にはありません。海外セミナーの参加率も「5〜6回に1回くらい」で、参加頻度は各自の判断に任されています。洗脳の疑問・マルチ商法の疑問はそれぞれ別の論点なので、洗脳されない?とマルチの勧誘はある?に分けて書いています。
本人の考え方(信じなくていい)
本人の考えは「一つの分野で100点を取る専門家というより、人生の全分野で80点を取るためのアドバイス」というものです。信仰ではなく参考情報として扱ってよいと本人が明言しています。
本人の言葉を借りれば、すべてを信じる必要はなく「参考にする・自分で考える・違うと思えば採用しない」でよいという立場です。
- 払ったのは公式の年会費と実費の旅費だけ。13年間、献金や上納金を求められたことは一度もない
- 本人が「全部信じる必要はない、自分で考え違うと思えば採用しなくていい」と明言している
- 13年間で見た範囲では、脱会を妨害された人も、離脱を理由に責められた人もいない
- 年に何度も集まり同じ顔ぶれと長く付き合う形自体は事実。集団的な結束の強さそのものが苦手な人には向かない
- 主宰の話を全面的に信じたい人・答えを一方的に与えてほしい人には向かない。本人は逆に「自分で考えてほしい」という立場
- 懇親会中心の交流が続くため、集団行動や長時間の会食が苦手な人には負担になりやすい